マハトマ・ガンジーの生涯と言葉(名言) – アプローチ(コミュニケション)方法に工夫を!「塩の行進」とは

【はじめに:このサイトが届けているもの】
夢/目標をかなえる方法とは:「①夢・目標(行き先)を設定する」「②夢・目標を達成する方法/やり方を探し、計画する」「③夢・目標を達成している自分を日々イメージする(言葉にする)」「④実行(行動)する」

「現状」は、日々、私たちが使っている言葉、聞いている言葉によって、今の考え方が作られた結果、出来上がったもの。

このサイトは、小さいな “発見” を通して「現状の自分」を「行動体質」に変えるヒントを届けています

♣︎好きな言葉♣︎人生は始まったばかり♪

ソフトバンクの孫さんは言いました。
「まずは、登る山を決めなさい!」と...


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「自分が行動したことすべては取るに足らないことかもしれない。
しかし、行動したというそのことが重要なのである。」(ガンジー)

1869年10月2日、インド ポルバンダルに生まれる。

「インド独立の父」として知られるマハトマ・ガンジー(ガンディー)。

マハトマとは「偉大なる魂」の意で、ガンジー(ガンディー)の尊称です。

(以下も、くどいですが「マハトマ」を省略せず)
(マハトマ)ガンディー率いるインド国民会議は1930年1月26日に、
イギリスより完全に独立することを決めました。

しかし、イギリスの植民地体制をやぶるには
国全体がまとまる大規模な「何か」が必要でした。

当時、イギリス植民地下であったインドは、
カンタンに作れる「塩」において、
塩の専売制度により売買のみならず勝手に作ることも禁止されていました。

そこで、(マハトマ)ガンディーは塩に目をつけ
「塩の行進(海岸に向けた徒歩約380kmのデモ抗議)」を行います。

生活の必需品である「塩」の行進は、
インド国民全体の大きな関心を引くには十分でした。

海岸に着くと、(マハトマ)ガンジーは、
インド人が合法的に生産できない塩を作るために海水を煮始めました。

そして、数千の支持者に、

「海岸のどこでも便利で落ち着ける所で塩を作り始めよう!」

と訴えたそうです。

塩の行進は全インド中に同様の非暴力不服従運動を促しました。

もちろん、全国で多発するインド人による塩づくりは
法律違反のため多くが投獄にあいましたが、
(マハトマ)ガンジーのこの運動が大きなきっかけとなり
インド独立は成し遂げられました。


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「何回言えば分かるんだ!」
「ちょっとは人の話を聞け!」

 

日常生活において、
お互いに上手くコミュニケーションがとれないことはよくあるかもしれません。

 

それは、「一人ひと宇宙」と言われるように、
私たち一人ひとりに「(見ている)世界」があり、
共通しない「世界観」があるから起こってしまうことです。

そこで、もし日常生活でコミュニケーションのトラブルがあるならば、
今回の(マハトマ)ガンジーが取った行動(選択)のように、
「相手にどうやったら理解され、協力を得られるか」を考え、
(相手の見ているであろう世界をイメージして)
アプローチしてみてはいかがでしょう。

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(今回の場合では、相手(大衆)の興味・関心ごと(見ている世界)は、
生活に直結する「塩」”押し” でした…)
いつもと違った結果が得られるでしょう

「望む結果が得られていないなら、違うことをやれ、なんでもいいから」

という、リチャード・パンドラーの有名な言葉がありますが、
昨日とは違う結果を求めているのに昨日と同じことをやっていては、
昨日と同じ結果になるのは当然です。

「あなたがこの世で見たいと願う変化に、
あなた自身がなりなさい。」

(マハトマ・ガンジー)

〜マハトマ・ガンジー(ガンディー)生涯概要〜

1869年、英国領インド帝国(現在のグジャラート州ポールバンダル)に生まれる。

父は、当時のポールバンダル藩王国の宰相。

小学校時代は、成績や素行も悪く、
ヒンドゥー教の戒律で禁じられている肉食を繰り返したり、
タバコ代欲しさに召し使いの金を盗んだこともあった。

13歳のときに、インド幼児婚の慣習により結婚。

18歳で弁護士になるためにロンドンに留学。

卒業後に南アフリカで弁護士として開業するも
白人優位の人種差別政策下で強烈な人種差別を体験。

その後、インド系移民の法的権利を擁護する活動に従事するようになる。

インド帰国後は「非暴力、不服従」運動によって
イギリスからの独立運動を指揮。

1947年、ついにインドを独立させ、
イギリス帝国をイギリス連邦へと転換させることになる。

1947年8月、パキスタンがインドから分離独立。

(マハトマ)ガンジーは、ヒンドゥー原理主義者から
ムスリムに対して譲歩しすぎるとして敵対視される。

1948年1月、ガンディーは狂信的な
ヒンドゥー原理主義集団民族義勇団によって襲撃される。

ピストルで撃たれたとき、
ガンジーは自らの額に手を当ててこの世を去った。

それはイスラム教で「あなたを許す」という意味の動作。

78歳の生涯であった。

ガンジーの平和主義的手法は、キング牧師など、
人権運動や植民地解放運動において世界中に大きな影響を与えた。

(photo from ホログラム)
(参考:wikipedia,「ガンジー自伝」,著者:マハトマ ガンジー, 翻訳:蝋山 芳郎)







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【著者:佐藤たいわ(Taiwa Sato)】


(マーク・シューベルト氏:米国・オリンピック水泳競技・元監督、北京オリンピックにて前人未踏の8冠を達成した「マイケル・フェルプス氏」の生みの親)

次世代教育プログラムPX2公認ファシリテーター
Tomabechi Institute認定パフォーマンス・エンハンスメント・コーチ

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