羽生結弦 – スケートを続ける理由は生い立ちにあった…(かっこいい写真/画像付き)

-----

Embed from Getty Images

出身は「日本のフィギュアスケート発祥の地」と言われている
宮城県仙台市。

羽生結弦選手のスケート人生は、
4歳の時からはじまりました

4歳半離れたお姉ちゃんが
家のすぐ近くのリンク場(アイスリンク仙台)でスケートを始め、
お姉ちゃんっ子だったこともあり、
よくお姉ちゃんについていっていたという

(アイスリンク仙台のアイスリンクは、
荒川静さん、本田さんも練習していたことで有名です♪)

【羽生選手/荒川静さん/本田さんが練習していたリンク場:アイスリンク仙台】

アイスリンク仙台
(photo from midekesain

お姉さんは一緒に滑っていた記憶はあったようですが、
羽生結弦選手はちっちゃ過ぎてほとんど覚えていないと語る

お姉ちゃんが自転車に乗っていたら、
小さい頃は三輪車で追いかけていた…♪♪

スケートをしたい訳ではなく、
お姉ちゃんといたかったから
スケート場に行って、
スケートを始めたのが「始めるきっかけ」だったよう

-----

-----

羽生結弦選手自身は、
すごく野球が好きだったから、
子供の時から野球をやろうと思っていたようですが、
縁あってか、いつの間にかスケートをやっていたとのこと

スケートをやめたいと思ったことは何度もあったようですが、
やめなかった理由は「結局スケートが好き」だったから

羽生選手は数ある対談の中で、
スケートを続ける理由についてこう述べています。

難しいことは、やればやるほど達成感がでてきます。

ジャンプ何かだと出来た、
出来ていないというのが明確に現れます。

一つひとつ自分ができるようになっていく感覚がものすごく好きで、
それが一番スケートが好きな理由だと思います。(羽生結弦選手の対談TVより)

「練習はつらいし、あまり面白くないけど、
練習の先にある本番(試合)はとても楽しい」

昔は特にそうと思っていたようです。

しかし、地震の影響だったりでアイスリンクが使えなくなり、
練習ができなくなった時、

「今までの練習は、実はこんなに楽しいものだったんだ」

ということに気づくことができて以来、
練習も好きになれたと羽生選手は言います。

(reference from interview)
(top image from Hanyu Yuzuru)

—————–

私たちの身の回りの出来事において、
当たり前なことは何一つありませんし、
感謝すべきことはたくさんありますが、
毎日、”受け取っている” と、
それらを当たり前に思うようになり
感謝することを忘れてしまうことがあったります。

そして、それらを失った時に改めて
自分にとって必要だったことを認識します

「感謝すること」は相手も自分自身も幸せにすると言います。

今日、私たちは何にどれだけ感謝したでしょうか。

絶対王者・羽生結弦の目標達成方法とは?- アスリートの魂から学べるもの

2017.03.20

羽生結弦名言集 - 「更なる高みへ」わたしは何を残しただろう...

2015.05.26

羽生結弦作文「瞬間」- 「観客に感謝したい」人としての成長を求めて_写真・画像付

2015.05.04

【あわせて読まれている記事】


最新 My Podcast 『視点を変える話』をモットーに!ほぼ毎日更新!

【iTunesにてPodcast 配信中-登録はこちら⬇】

【LINEでの登録はこちら⬇】