プロフェッショナル・升田志郎氏(名言)に学ぶ仕事の向き合い方、こだわりとは?〜数寄屋大工人生〜『この道は、我を生かす道』

はじめに:このサイトが届けているもの

夢/目標をかなえる方法とは:「①夢・目標(行き先)を設定する」「②夢・目標を達成する方法/やり方を探し、計画する」「③夢・目標を達成している自分を日々イメージする(言葉にする)」「④実行(行動)する」

「現状」は、日々、私たちが使っている言葉、聞いている言葉によって、今の考え方が作られた結果、出来上がったもの。

このサイトは、小さいな “発見” を通して『心技体』を整え「現状の自分」を「行動/健康体質」に変えるヒントを届けています

♣︎好きな言葉♣︎人生は始まったばかり♪

ソフトバンクの孫さんは言いました。
「まずは、登る山を決めなさい!」と...

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【タイトルコンテンツ】

“この道より、我を生かす道無し、この道を行く”

(武者小路実篤)

ことだまTaiwa
今回お伝えする内容を主に下記4点です。

・数寄屋大工・升田志郎氏ってどんな人(プロフィール/経歴)なのか?
・仕事へのこだわり
・升田志郎氏が考える今後
・中村外二氏と升田志郎氏の格言/名言

数寄屋造り=日本の美(奥が深い “わびさび” の世界 🌏👀 🌟 )当記事は基本的にNHKプロフェッショナル仕事の流儀の番組およびHPを参照して作成しております

数寄屋大工・升田志郎氏ってどんな人(プロフィール/経歴)なのか?

升田さん
“「木の顔」というのを常に使うてやる
命を吹き込んでるんかな…この木に ”

(升田志郎棟梁 – 数寄屋大工・プロフェッショナル仕事の流儀より)

学び屋さん
プロフェショナル仕事の流儀の取材インタビューの時には、気難しい人という感じはなく、職場の仲間を笑顔で進んで紹介していましたね^^

【升田志郎氏(数寄屋大工)の歩み】

(概略)升田さんは、1951年に京都で7人兄妹の末っ子に生まれ、生後10ヶ月で父を亡くしました。
27歳で結婚し2人の子供にも恵まれました。
8年前に胃がんをわずらい、胃を全摘出してからは、体力も落ちてきているとのこと。
現在、中村外二工務店棟梁。

中村外二氏に弟子入りし技術を磨き、これまでには、京都迎賓館主賓室座敷などの建築に携わってきたようです。

中村外二工務店所在地: 〒603-8165 京都府京都市北区紫野西御所田町15
電話: 075-451-8012

昔から家は貧しく生活がガタガタで、あまりの空腹に耐えきれず、市場に落ちていた魚や野菜を食べたこともあった、幼い頃の升田さんは、中学2年の時、頼りだった母親もなくされたようです。

「一人で生きていけ!」と、長男に紹介されたのが住み込みの大工の仕事だったようです。これをきっかけに大工の人生が始まりました。
(友人と高校に進学したかった…でも、兄に従うしかなかった、と升田さん)

升田さん
” 何がいやかて、朝、大工道具持って、やかん持って現場に行っている時、登校中の女子高生に会うことですよ!そりゃあもう、赤面しますよ!! (プロフェッショナル仕事の流儀より)”

中学校卒業と同時に、数寄屋大工の道に本格的に進みました。

その大工屋が、数寄屋の名工として知られる大工の神様・中村外二氏の所でした。

中村さんの大工の腕は海外の人たちにも評価され、これまでに

・ロックフェラー邸
・メキシコ大統領私邸
・ジョンレノン邸 などの建築にも携わってきたようです。


「今日から、オヤジやと思え!」

と、当時60歳の中村さんは言ってくれたようです。

しかし、仕事を覚えはじめた20歳頃、遊びたい気持ちを押さえきれなかった升田さんは、毎晩のように朝方まで飲み歩き、生活も仕事もみだれていった…

“「そんな心やったらやめてしまえ❗❗その態度がお客さんに出る」”

そう、中村外二さんに言われた事がきっかけとなり、心を入れ替え、この大工の道に本気で向き合っていくことになったようです。

” 恥にならんような仕事しとかんと!「魂込めてやらなあかん」”(数寄屋の名工・中村外二氏)

16歳頃から中村棟梁の元で数寄屋大工の技術を学ぶこと約10年、
25歳で升田さん自身も棟梁となりました。

これまでに手がけた建物は、日本では、

・京都迎賓館主賓室座敷
・中里太郎右衛門茶室
・伊勢神宮茶室
・和歌山城茶室 など、

いまや、升田志郎棟梁は、当代一の腕と称される名大工として知られるようになりました。

升田さん
木に対して、『人間にエネルギーをもたらしてくれる❗』
そういう思いで「最敬礼せんな」いう感じでやるだけ

(この木は)この根を大地に張ってるわけでしょ グーンっと❗❗
大地のエネルギーをウォーと吸い上げて、
幹が天を仰いで、天の恵みを(私たちは)もろうて…

『そういう使い方をしてくれ❗』っていう感じ(をこの木から感じます^^)

(プロフェッショナル仕事の流儀より)

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” 何か生き物の生理を知り尽くしている!
それは、木のことが本当に好きなんだと思うから…

だから、フラットじゃなくて、奥があって、
またさらに奥があってさらに…

彼らの日本の建築文化の深さって感じもしますね ”

(建築家 – 隈研吾氏・プロフェッショナル仕事の流儀)

(pic from wolf-log

仕事へのこだわり

やるからには『最高傑作』を創る、届ける
升田さん
“こういうふうに(採寸で)ちゃんと確かめとかんと、いいものができひんいうことですわ

いいもの作ろうと思ったら、やっぱりちゃんとしてなあかんからね”

(升田志郎棟梁 – 数寄屋大工・プロフェッショナル仕事の流儀より)

升田さんは、時間を見つけて、これまで携わった建物のメンテナンスをすることを大切にしているという言います。

それは、師匠・中村外二氏の以下の教えがあるからのようです。

” 建物は「作って半分」「あとの面倒で半分(施主が育てて半分)」” (大工の神様・中村外二氏)
升田さん
” 作ったあとのことも考えなあかん。

ほんなら、お客さんも「大事にせなあかんな」って、磨こう磨こういう感じで、柱を磨いてくれはるやろうし、建具も磨いてくれはるやろうしね

住まはる人がそうやってきれいに大事にしてくれはると、家も生きてくるしね”

(数寄屋大工・升田志郎氏)

数寄屋大工・升田志郎棟梁の仕事へのこだわりの一つは、
木材のもつ個性を生かすこと。

そして、それら木材が本来もっている味わいを残し、シンプルでありながらも精緻な計算をもとに『わびさび』の美を表現すること。

大工・升田志郎氏が考える今後と信念とは

升田志郎氏は、8年前に胃がんを患ってしまったことより、数年後での引退を考えているようです。

個人的な印象:技術などの継承もそうですですが、それ以上に、師匠・中村外二氏の考え方を伝承している雰囲気を感じます。

それに加え、教えの中で一番大切だと升田さん自身が感じていることを、単純に直接伝えるよりも「師匠がおったら言うで!」と関節的に伝えることで、より弟子たちに学びやすい雰囲気を作っているようにも感じます

(偉大な仕事に携わることにおいて)

升田さん
失敗は許されんっていう、
それはもう、すっごい緊張しますよ

仕事にのまれたらあかん
だから、のまれんように…

(升田志郎棟梁 – 数寄屋大工・プロフェッショナル仕事の流儀より)

【棟梁・升田志郎氏の理想】

江戸時代に書かれた、日本最古の大工の技術書の中に記されている、棟梁の模範として書かれている言葉。
五意達者(ごいたっしゃ)

1)式尺墨がね(設計図を読み解き、的確に墨付けが出来る技術)
2)算合(金勘定、緻密な計算力)
3)手仕事(削りや加工)
4)絵用(デザイン性に優れた内装を)
5)彫物(自ら創り上げる力)

一人前の棟梁は、これらに熟達していなければならない!という教え

升田さん

” 大工の五意言うて、
削りもんはでき、
計算もでき、それから
絵心もあって…
そんな最高の大工、なかなかなれるもんちゃう

そういう理想のもんになろうと、意欲は持ってはいるけどね

大工に関係ことかもしれへんけど、
すべてみな、それ(仕上がり)に関連してくるからさ、すべてが…

だから、全体的に見なあかんやろ
責任者はもう一つ全体的にみなあかん ”
(数寄屋大工・プロフェッショナル仕事の流儀より)

「升田志郎氏」そのた名言・格言

” やっぱり、最後、極みみたいなもんをな、詰めとかんと、おもしろくないというかさ。自分のプライドみたいなもんかな。やっぱり、恥ずかしくないように”(数寄屋大工・升田志郎氏)
” 見えない所だと思って、手を抜くな!お前の性格が出とる!!”(数寄屋の名工・中村外二氏)
” 面倒なことから逃げるな!”(数寄屋の名工・中村外二氏)

【さいごに】

プロフェッショナルとは、自分の心に打ち勝ち、またためらうこともなく、自分の道、これを貫くこと

(升田志郎棟梁 – 数寄屋大工・プロフェッショナル仕事の流儀より)

ことだまTaiwa
あなたは、どの道に進み(どの山に登り)その道を貫きますか?


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