常識はこうして作られる

何年も前に見た元メジャーリーガーのイチロー氏の現役時代のインタビューの映像が頭に流れてくることがある。

「今は、そぎ落としの時期と考えています。 小学生から高校生にいたるまで、野球を父やチームの監督、コーチにおそわってきました。 しかし、成長過程で、『不要なもの』も取り込んでしまうのが僕たちです。

今は、これまで身についた不要なものをそぎ落としている時期です。」

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである(偏見のかたまりである)」というアインシュタインの言葉は有名だけれども、僕たちは、生後以来、どうしても親や親戚など社会のサポートをもらいながらでしか生き残る選択肢がないので、必ず、成長過程でそれぞれの成長環境の影響を思いっきり受ける。

そして、それがそのまま、成長過程で日々、繰り返し繰り返し見聞きしてきた事柄が、「私の常識」となり、それも含めて人格が形成される。

現状の外側の世界

この一連の流れを改めてふかんしてみた時、僕は自問自答する。

「大阪と東京では、エスカレーターの立つ位置が左右違うように、県をまたけば常識が変わる。
海外に出れば、その国々の常識がある。 そうか、今の常識は、世界の普遍的な常識ではないんだ…。」

そして、また自問自答する。

「自分の人格から生まれる世界観は、成長過程で『社会が形成する』ならば、
社会が見せたい世界を見せられている可能性もあるんだろうか…。 そして、僕たちは
社会が見せたい世界の中で、自由に生きていると思っているんだろうか…。」

答えは、YES!

スピリチュアルの世界では、「僕たちの魂は、地球に降り立つとき、やりたいことをやれるだけの才能などの材料を持って来ていて、やりたいことをやれる環境で生まれる。」という考え方があるが、僕は、この考えにもう一つ考えを追加するとアハ体験ができると思っている。

僕たち人間も、「たまごの殻の中で生まれ、成長する。」

この時の「たまごの殻」とは、成長過程で付いた常識や、受け入れてきた言葉、人格、世界観のこと。
僕たちが、物理的な「卵の殻」をまとって生まれないから認識されることはほぼないけど、「情報の殻」に実は覆われて生まれていると思う。

そして、やっかいなのは、僕たちは「たまごの殻」の中の世界でもそれなりに生きていけること。

そして、忙しい日々がやってくる流れが、この世界には設定されているから、いつしか、「たまごの殻」をやぶることを忘れる…。

忙しいは「心」が「亡」くなると書く



「忙しい」は、「心(こころ)」が「亡(な)」くなる、と書く。

コロナ到来の前後で、大きく人生が変わった人は多いけれども、その理由の第一は、「忙しい」が突如なくなり「時間に余裕ができた」からだと僕は考えている。

これまでは「80点のスキル」があれば仕事になっていた。

でも、AIが日常生活に溶け込むことで、みんなが「80点のスキル」を持つようになると、いっきに価格破壊がおこって安い仕事に変わってしまうか、そもそも仕事になりえなくなってきているように感じる今日この頃。

「これまでの自分」からそぎ落とし作業をとして、心を整えて、現状持っている世界観の外の世界の存在の可能性に意識を向けてみるー。

今こそ、「たまごの殻」の外の本当の自由な世界に出て、「あの時のやりたい!」に着手して、とりあえず努力でできていた「80点〜100点のスキルでやっていたこと(仕事)」ではなく、魂の記憶をよみがえらせて、本当の自分を解放して「300点、500点、1000点のスキル」でやりたいことを仕事にしてみようかな…

そんな言葉が降りて来たので、ここに残してみた。

人生ははじまったばかり。

たいわ でした。

それではまた〜。